がん保険の選び方――公的保障から必要額を考える
がん治療にかかる費用は、健康保険や既契約で賄える範囲を先に確認し、不足額に絞って備えます。
がんになったときの治療や、その後の生活を具体的に想像するのは難しいものです。仕事がどう変わり、いくら必要になるのかも分かりません。だからこそ商品を比べる前に、起こり得る支出と利用できる保障を順番に整理する必要があります。
まず、健康保険や勤務先の制度でどこまで賄えるかを確認します。それでも家計では受け止めにくい支出を民間保険で補います。この順番なら保障の不足だけでなく、医療保険との重複や保険料の払い過ぎも避けやすくなります。
なお本稿では、療養中の収入減は就業不能保険などで別に備えるものとし、がん保険の必要保障額には含めません。ここで考える必要保障額は、入院・治療に伴って発生する支出に限ります。
がん保険は何を保障するのか
がん保険は、がんに対象を絞った医療保険です。商品によって異なりますが、主な保障には次のようなものがあります。
- がんと診断されたときの診断一時金
- 入院日数に応じた入院給付金
- 手術・放射線治療・抗がん剤治療などに対する給付金
- 通院治療に対する給付金
- 所定の先進医療を受けたときの給付金
- 所定の状態になった後の保険料払込免除
診断一時金は使い道が限定されません。医療費だけでなく、交通費や家事・育児の外注費などにも回せます。一方、治療給付金や通院給付金の支払条件は商品ごとに違います。「どの治療が対象か」「通院だけでも支払われるか」「月ごとか年ごとか」を確認する必要があります。
また、多くのがん保険には契約後90日程度の待ち期間があります。この間にがんと診断されても保障されないのが一般的です。正確な日数や契約の扱いは、必ず約款で確認します。
がんの保障は、がん保険だけにあるわけではない
がん保険は、保障の対象を原則としてがんに限定した保険です。がん以外の病気やけがには使えません。一方で、医療保険や三大疾病保険の保障も、条件を満たせばがんの治療に使えます。
- 医療保険:がんを含む病気・けがによる入院や手術が給付対象になる
- 三大疾病保険:がん・心疾患・脳血管疾患など、所定の疾病や状態に該当すると一時金などを受け取れる。ただし、急性心筋梗塞・脳卒中に限る商品と、心疾患・脳血管疾患を広く対象にする商品がある
- がん保険:がんの診断、治療、入院、通院などに対象を絞って給付する
たとえば、がんで15日間入院して手術を受けた場合、医療保険の入院・手術給付金と、がん保険の入院・手術給付金の両方を受け取れることがあります。さらに、三大疾病保険の診断一時金まで重なる場合もあります。
複数の保険から給付を受けられること自体は問題ありません。しかし、同じ入院費や治療費に対して必要以上の保障を積み上げている契約はよく見られます。その分、保険料も高くなります。がん保険を追加する前に、現在の契約から受け取れる金額を次の項目ごとに確認します。
- がん診断時の一時金
- 入院1日当たりの給付金
- 手術・放射線治療・抗がん剤治療の給付金
- 通院給付金
- 先進医療給付金
給付金は一つの総額にまとめません。「診断されたとき」「15日間入院したとき」「通院で薬物療法を受けたとき」など、場面ごとに受取額を合算して必要保障額と比べます。既に医療保険の日額5,000円があり、がん保険でも日額5,000円を用意していれば、がん入院時の日額は合計1万円です。「がん保険の日額」だけを見ず、同じ場面で受け取れる給付金を合算して判断します。
がんは身近だが、入院だけで考えない
厚生労働省の2024年人口動態統計では、悪性新生物による死亡は38万4,111人で、死亡総数の23.9%を占め、死因の第1位でした。がんが大きなリスクであることは変わりません。
- 悪性新生物23.9%
- 心疾患14.1%
- 老衰12.9%
- 脳血管疾患6.4%
- その他42.7%
ただし、「がんは長期入院になるから、入院日額を厚くする」という考え方については変わりつつあります。2023年患者調査では、悪性新生物の退院患者の平均在院日数は14.4日でした。2020年調査の19.6日から短くなっています。
平均値だけで個人の治療期間は決められません。手術後の通院や放射線治療、薬物療法など、退院後も治療が続く可能性があります。これから選ぶなら、入院日額だけでなく、診断一時金と通院・治療給付の条件を優先して比べたいところです。
まず高額療養費制度を確認する
健康保険が適用される医療では、高額療養費制度により、1か月の自己負担額に所得区分ごとの上限があります。入院時の食事代、差額ベッド代、先進医療の技術料などは対象外です。
2026年7月診療分まで、70歳未満・年収約370万~770万円の人の上限は、次の式で計算します。
現行の月額上限
80,100円+(総医療費-267,000円)×1%
たとえば、1か月の総医療費が80万円なら、上限は85,430円です。窓口で3割の24万円を支払った場合、差額は後から支給されます。マイナ保険証を利用できる医療機関などでは、窓口負担を最初から上限額までに抑えられる場合もあります。
2026年8月診療分から同じ年収区分の月額上限は、次のように変わる予定です。
2026年8月からの月額上限
85,800円+(総医療費-286,000円)×1%
総医療費80万円なら90,940円です。また、同区分には年53万円の年間上限が新設されます。多数回該当に該当する4か月目以降の上限44,400円は据え置かれます。
高額療養費は暦月ごとの計算です。入院が月をまたぐと、それぞれの月で上限を判定するため、同じ入院日数でも自己負担が増えることがあります。年齢や所得でも上限が変わるので、自分の区分を健康保険組合や市区町村に確認してください。
最新値で入院費を試算する
元の資料と同じく、総医療費80万円の入院を例にします。最新の患者調査における平均在院日数は14.4日です。保障額を少なめに見積もらないよう、ここでは15日に切り上げます。食事の標準負担額は、2026年6月からの一般所得者の1食550円で試算します。
2026年7月診療分まで
85,430円+(550円×3食×15日)=110,180円
2026年8月診療分から
90,940円+(550円×3食×15日)=115,690円
入院費を1日当たりに直すと約7,300~7,700円です。ただし、この数字をそのまま入院日額にする必要はありません。これは平均在院日数を15日に切り上げた単純な試算です。差額ベッド代や交通費、日用品、先進医療は含まれていません。勤務先や既契約の医療費給付で賄える部分まで保険にする必要もありません。
入院日額5,000円と1万円の考え方
15日間入院した場合、日額5,000円なら受取額は7万5,000円、日額1万円なら15万円です。上の入院費試算と比べると、日額5,000円では約3万5,000~4万1,000円が不足し、日額1万円では約3万4,000~4万円の余裕が生まれます。
日額5,000円を基本にしやすいのは、次のような場合です。
- 個室を希望せず、差額ベッド代を見込まない
- 診断一時金があり、入院給付金で足りない部分を補える
- 勤務先や既契約から医療費給付を受けられる
- 既に加入している医療保険からも入院給付金を受け取れる
一方、日額1万円以上を検討しやすいのは、次のような場合です。
- 個室を希望し、差額ベッド代を見込む
- 診断一時金を通院治療や入院後の支出のために残したい
- 勤務先や既契約から受けられる医療費給付が少ない
- 交通費や家事代行など、入院に伴う追加支出が大きくなりそう
入院日額は、入院した日数に応じて支払われます。通院だけで治療する期間には原則として役立ちません。日額を1万円へ増やす前に、診断一時金や通院・治療給付との配分を確認します。個室を希望せず、診断一時金などで不足額を補えるなら、日額5,000円でも十分と考えられます。
必要保障額は、入院・治療に関する支出だけを対象に、次のように考えます。
必要保障額
入院・治療に伴う支出-公的医療保障-勤務先などの医療費給付
健康保険だけでは賄えない費用
入院時の食事代
一般所得者の食事療養標準負担額は、2026年6月から1食550円です。高額療養費の計算には入りません。低所得者などには軽減区分があります。
差額ベッド代
厚生労働省の集計では、2024年8月時点の差額ベッド代は、全室平均で1日6,862円、1人室では1日8,625円でした。個室を希望しなければ必ず必要になる費用ではありません。病院側の都合や治療上の必要で個室に入った場合など、患者から料金を徴収できない場合もあります。
交通費と療養に伴う支出
通院回数が増えれば、本人だけでなく付き添う家族の交通費もかかります。家事代行、宅配、子どもの預かりなど、療養前にはなかった支出が増えることもあります。
先進医療の技術料
先進医療では、通常の診察・検査・入院など共通部分には健康保険が適用されますが、先進医療の技術料は全額自己負担です。2024年度実績では、先進医療として行われた陽子線治療の技術料は1件平均約278万円、重粒子線治療は約319万円でした。
ただし、先進医療の対象技術や適応症は随時変わります。保険の先進医療特約も、治療を受けた時点で先進医療に該当し、所定の医療機関で受けた治療であることなどが支払条件です。「がんの自由診療をすべて保障する特約」ではありません。
がん保険を比べる順番
1. 手元資金と公的保障を確認する
高額療養費の所得区分、勤務先の医療費に関する付加給付、医療保険の既契約を確認します。収入減への備えは就業不能保険などで別に確保するものとし、ここには含めません。また、本稿の試算では、個人差が大きい貯蓄も差し引かないこととします。
2. 診断一時金の支払条件を見る
初回だけか、再発・転移でも複数回受け取れるか、2回目以降は入院が条件か、受取間隔は何年かを比べます。金額だけでなく、必要なときに支払われる条件かが重要です。
3. 通院・治療給付を確認する
抗がん剤、ホルモン剤、放射線治療など、何が対象かを確認します。公的医療保険の対象治療に限る商品もあれば、対象となる薬剤や治療を別に定める商品もあります。給付回数や期間の上限も確認します。
4. 入院日額は不足分に絞る
平均在院日数は短くなっています。入院日額を大きくする前に、食事代や差額ベッド代を本当に保険で賄う必要があるかを考えます。個室を希望しないなら、その分まで日額を上乗せする必要はありません。
5. 先進医療特約の範囲を理解する
保険料が小さくても、対象は厚生労働大臣が定める先進医療に限られます。給付上限、通算限度、医療機関への直接払いの有無も確認します。
6. 既契約との重複をなくす
通常の医療保険でも、がんの入院や手術は給付対象になり得ます。三大疾病保険から診断一時金を受け取れる場合もあります。勤務先の団体保険や共済も含め、がんのときに受け取れる給付金をすべて合算し、不足分だけを追加します。
まとめ
がん保険選びの出発点は、商品比較ではなく必要保障額の計算です。
- 健康保険が適用される医療費には、高額療養費制度がある
- 平均在院日数は14.4日。入院日額だけでなく通院・治療の保障も考える
- がん保険はがんにしか使えないが、医療保険や三大疾病保険もがんに使える
- 診断時、入院時、通院治療時など、場面ごとに既契約の給付額を合算して重複を確認する
がん保険は、保障を多く積み上げるほど安心というものではありません。公的医療保障と既契約から受け取れる給付を先に確認し、不足する部分に絞って備えるのが基本です。
参考資料